いじめの内容

いじめは、いじめる側に問題があるのは当然だけど、
いじめられる側にも原因がある場合もあるよ。

A君
いじめる側が悪いに決まってるでしょう。怖くて誰にも助けを求めることもできない子供もいるんですよ!

 
なんかのTVとかでも、見たことあるような内容ではありますが;;

A君は、どちらかといえば内向的なタイプでして、そんな彼が仕事以外で感情をこめた反論してくるのは珍しいなあと思いながら聞いてましたw
もしかしたら彼も、大なり小なりいじめられる側に回った経験があるのかもしれませんね。

普段なら、僕から引いてもいいかなと思える場面なんですが、口論を続ける選択をしました。それは、僕の生い立ちが関係してきます。

小学生の頃いじめられる側だった僕

言ってることはごもっともだけど、
いじめられる側に本当に何も原因はなかったのかな?
僕は昔いじめられたことがあるけど、
原因は自分にあったと思ってるよ。

 

僕は、小学校4年生の途中から5年生中頃までいじめを理由に登校拒否をしておりました。

今では懐かしい思い出であり経験になった、と他人に話すこともできますが、当時はやはりしんどかったですね。
子供の頃、特に学校は狭いコミュニティなので、学校での出来事が世界のすべてのように感じられていた
学校に居場所がなくなるというのは、大人が想像するよりも絶望に満たされる子供も少なくないのではないでしょうか。

僕は今でも、見る夢の50%くらいは学校の世界観がベースになっていることが多いです。

それには別の要因もあるのですが、それについてはまた機会があれば書こうかなと思います。

いじめの内容

  • 無視され仲間外れにされる
  • 晒し者にされ仲間外れの輪が拡大していく
  • 悪口を聞こえる形で言われる
  • 直接、間接的な物理的攻撃

リスト分けにしましたが、全部がつながって連鎖していく感じですかね。

いじめられる様子を見た他の人達が、だんだんと離れていく

いじめっ子は、えてして学校内での地位が高く影響力を持っている場合がほとんどではないでしょうか。
始めは無関係で傍観していた人達も、自分がターゲットにされたくないから、接触を避けるようになったりいじめる側にまわったりする。まあ仕方のないことかなとも思います。誰だって自分がかわいいですからね。

仲良かった子が、離れていくのはきつく悲しいものです。

僕は、物理的な攻撃よりも精神的なものがきつかった。自分を見る他人の目が本当に怖くて、そして恥ずかしくて惨めだった。世界がどんどん暗くなっていく、当時はそんな風に感じてました。

そして学校から逃げ出した。

今のお子様たちはどうなのだろう。ネットがもたらしたグローバル化で、昔と比べて広い世界の中で日々を生きてる子が多いのかな。それとも、スマホはまだはやいと持たせてあげない親御さんのほうが多いのだろうか。

たまに耳に入ってくるのは、SNSの影響で学校内だけではなく家に帰ってからもいじめられるのだとか。

そのままに受け止めれば、無間地獄ということになります。つらいでしょうね、逃げ場が全くないのですから。

いじめられた経験があるのに、どうしていじめる側の肩を持つの?
それは、僕がいじめられる前はいじめる側だったから。

いじめられる前はいじめっ子だった僕

僕は、いじめをしていました。

保育園から小学校4年生中頃のいじめられる側にまわるまでの間、僕はいじめる側だった。

僕の住んでいた場所は、山の中にある町というか村と言ったほうが正しい様な。周囲を見渡すと本当に360度山と田んぼばかり。

電車は1時間以上待たないと来ないし、お店といえば農協と小さな商店が1軒ずつあるばかり。となりのトトロのイメージに近いです。

小学校は全学年あわせて100人いなかったし、当然クラスも1クラスずつ、学校内外問わず狭いコミュニティでした。

僕の生まれた家は、そこそこ古くからある酒造で敷地も大きく、まあ何かと権力のある家の子だったわけですね。

しかし、当時の僕はといえば視野が狭くアホの子だったので、自分の家を特段他の家と違うとか考えたこともありませんでした。普通に、他の子達の家の大きさと比較すればわかることなんですがねえ。

また、保育園に入るまで兄や兄の友達、親戚のおじさんと遊ぶことが多かったため、比較的弁が達者だったように思います。

後の高校生になった頃、ふとおじさんから、「やけにマセた嫌なガキだった」って言われた思い出があります。自分で思い返しても、そうだろうなと納得できるくらい小賢しい子供だった。

やがて保育園に入園した僕は、だんだんといじめをするようになります。

別に腕っ節に自信があったとかではなく、口が達者だった。あとは、金持ちの子供だから周囲の大人からもちやほやされていた。そんな気がします。

傲慢 + ワガママ + 家が金持ち + 口が達者 ろくなもんじゃないですねえ;

いじめの内容

  • 無視して仲間外れにする
  • 晒し者にし仲間外れの輪を拡大していく
  • 悪口を聞こえる形で言う
  • 間接的な物理的攻撃

自分が、いじめられた時にされていたこととほぼ一緒です。自分が行っていた悪行が、そのまま自分に帰ってきた、まさに因果応報とはよく言ったものだなあと思いますね。 

何故、いじめをしてしまったのか?

見栄やプライド、嫉妬がきっかけになった場合や支配欲に近い感情からの行動だったのかなと思います。自分の我を通すことに、大人に比べて抵抗がなかった。
まわりに流されいじめたり、自分が主導で始めたり。

いじめをする理由は、自分の場合で考えて思いつくのがこれであっただけで、便利な言葉を使えばケースバイケースなんだと思います。
当然ですね、完全に同じ状況なんてこの世に存在しないのですから。 

嫌いな人、自分とは合わない人なんて、どれだけ年齢を重ねてもいますしね。
それでも、いじめをする人としない人がいて、そして僕はいじめをしてしまった。

いじめる側からいじめられる側へ変わった瞬間

きっかけは、ささいな口げんかでした。

ちょっとした冗談に対して、怒ってみんなと距離を置いた。しばらくしたら、みんなから無視され出してやがてその規模が拡大していってしまった。

この場合は、僕自身が金持ちの家の子供で口が達者なだけのサイテーな人間だったから、一気に拡大していじめられる側になってしまった、という事なのだと思います。

いじめられる側になって、初めて自分がこれまでの行ってきた事が見えてきて、

自分が、同級生の子達にどんな風に思われているのかわかってきた。

僕が、登校拒否をしたのは、今思えば恥ずかしかったのだと思います。自分がイメージしていた自信の姿はあまりにも現実とかけ離れていて。

僕は、漫画やアニメで登場する凄く嫌なキャラそのものだった。

良くも悪くも、ゆっくりと視野が広がって行く中で、自分自身の姿以外にも気付けた事がありました。

家族以外の大人達が、どんな風に自分を見ていたのか?

これは想像の部分もありますが、権力のある家の生意気なクソガキと疎まれていた部分があったように思います。

自分を客観視することの大切さを痛感しました。

その後、ある日突然担任と同級の子2人が家にやってきて、そのまま強引な形で学校に連れて行かれる形で復学することになり、小学校卒業と同時期に両親が離婚故郷を離れ母方の親戚の家に居候することで、新しい環境で再スタートを切ることができました。

スポンサーリンク

まとめとして正直に書きます

いじめはなくなることはないと思います。いじめがあることの方が自然なことだと思うから。

全てがそうというわけではないですが、いじめはいじめられる側にも問題があることがある。

日々を生きることは選択の連続で、現在の自分というのはその選択の結果なわけで。自分が望んで今の自分になっている。

容姿とか親のこととか、そんな自分ではどうしようもない部分からいじめられる場合は別として、自分は何一つ落ち度はない、そんな人はいないんじゃないでしょうか。

あのとき勇気を出して話していれば、輪に入るよう行動していれば、暗いとかキャラじゃないとかネガティブな自分を相手に押し付けるようなことはしていなかったか。我を通す選択をして相手を不愉快にさせていなかっただろうか。
これは、僕が少し己を振りかえっただけで浮かんできたことです。

もちろん、だからといっていじめをしていい理由にはならない。そんなことはみんなわかってるんですよね。そして、いじめはささいなきっかけから誰にでも起こりうるもの。

ではいじめを減らすためにはどうすべきか?

全く浮かびません。無茶を承知で言うなら刑法で取り締まるとか、退学にするとか。

先生は、権限を縛り過ぎてる感が否めないし、学校というより家での親の教育のほうが重要な気がしますね。

ここまで、書いてきて結果もっともらしいことが言えないという;

 
ただ、そうですね、自分の両側体験から提言させてもらえるなら

今いじめに遭っていて我慢することを選んでいるお子さんへ
抵抗はしない、出来ないから我慢することを選択するのなら、なんとかせめて気持ちを強くもって生きて下さい。この先今よりましな日が高確率で来ます。人生という視点から見れれば、いじめられる期間はそこまで長くはならないだろうから。(僕の場合は36年間のうちの小学校4年生から卒業までの2年弱の間)
ただ、自分から何もアクションを起こさないわけですから、運任せに誰かが助けくれるの待つか、ひたすら耐えるしかありません。
何かしら行動をと勧めたい気持ちもありますが、よくも知りもしないのに無責任なことを言うのはやめておきます。僕は、それらしい態度で近づいてきて、本とかドラマかなんかで仕入れてきたであろう知識で語る人等が大嫌いだった。何言われても頭に入ってこなかったから。
今いじめられていて耐え続ける自信はないお子さんへ
抵抗出来ないし我慢して耐えることも無理、周囲に頼れる人はいない、助けてとは言えない方。
もし自殺の選択をするくらいなら警察とかに駆け込もう、人が大勢いる場所でスクランブル交差点の真ん中でもいいから泣き叫んで状況、思いを伝えたり見知らぬ誰かに助けを求めましょう、自殺するくらいならその前になんでもできます、羞恥心なんて関係ない。
あなたが思っている以上に人間はたくさんいます、あなたの力になってくれる人もまたしかりです。あなたをいじめている連中のほうが極少数派なのです。世界は狭くて真っ暗なのではありません、光の入らない部屋の中に迷い込んでいるだけです、ここが自分の住処だと思い込んでしまっているだけです。壁をぶち破ってでも外に飛び出しましょう。誰もが怖い、あなたをいじめている連中でさえ恐ろしくて仕方のない、死を選択する勇気があるのなら出来るはずだ。
今はリアルに想像できないかもですが、生きていればこの先楽しいことがたくさんあります。むしろ楽しいことしかない。せっかく生まれることが出来たんだからもったいないですよ。

 

仮に僕が、今いじめられていたとしたら、後ろからバットで思いっきり。。って答えるんだけど不謹慎だからやめておきます。

 
 

いじめに遭っているお子様をもつ親御さんにも一つだけ
お子様がいじめの被害に遭ってしまったとして、すぐにそれに気付いてあげるというのは、実際困難かもしれません。お子様もいじめられていることを知られたくない、話したくもないと隠そうとすることも多いですから。
なので、親御様が気付いた時には、お子様自信の我慢できる限界を超えたいじめに遭っている、SOSのサインを出してくれたときには、すでにいじめがかなり進行拡大した状態となってしまっていることが予想されます。
親が子供のコミュニティに介入するというのは、勇気がいることなのかもしれません。それが子供にとっていいことなのか?どう行動することが正解なのか?静観したほうがいいのか?自分たちの保身世間体などなど、考えることは山ほどある。
ですが、時には子供に嫌われてでも強引な手を打つことも必要かと思います。世間体や自信の保身とかすべて無視して自分たちも行動すること。ある意味考えることを止めて感情に任せて行動することも一つの選択肢となりうる。
一番の不幸はお子様が自殺の選択をしてしまうことです。狭いコミュニティの中での絶望状態は、解放されるための手段としての自殺を想起しやすいです。

僕の場合は、両親が僕には何も言わないまま学校側に相談し、強引にでも学校に連れて行くという選択をとることで僕の背中を押しました。当時の僕は、それを不満に感じ、ひどい言葉も投つけたのを覚えています。

それでも、その数ヵ月後には感謝していました。口には出しませんでしたがね。そして今は、当時の関係者全員に反省と謝罪の気持ちとともに、感謝しています。正直な気持ちです。

両側を経験してしまった者としては、どちらも完全には否定出来なくて歯切れの悪い文章が続いてしまいお恥ずかしい限りです。

長々とすみません。最後まで読んでくださりありがとうございました。

おすすめの記事